3.11に寄せて 第1回

第1回 「震災後、初の被災地へ・・・」

7月17日.18日と世界遺産に指定された平泉金色堂への観光も兼ねて、被災地・陸前高田市に入った。花巻空港からレンタカーを借りて、約80km2時間の道のりではあったが、そのほとんどが何も無かったような佇まいを見せながらも、道の駅などでは復興への募金活動や地元産名物の販促など、活気溢れる「負けないぞ東北人」の皆さんが走り回っておられた。

   高田松原の海岸に近づくには、住田町辺りから本流となる気仙川沿いの国道 340号線を走ることになるのだが、途中にはホームセンター、陸前高田災害ボランティアセンター(V C)などがあり、VC では赤十字の担当者やVC の副代表、福井県からの社会福祉協議会の主任さん、名古屋から来られた看護師さん達からそれぞれ断片的に情報が取れたので初日としては大成功だと思う。
   その後は陸前高田市の市民の森にある『気仙大工左官伝承館』に立ち寄る。駐車場では津波によって流され、あちこちで発見された想い出の写真を洗い復元してアルバムに保管、ナンバリングによって管理、持ち主の閲覧を待つLaboがある。

   伝承館の方からは罹災こそ免れたものの、被災して自宅が半壊、普段の生活に不便を感じながらもそこにお勤めの方から現地の生の声をたくさん聞けたことも大きな収穫であった。
その伝承館をさらに南下、広田半島を岬に進むとその日の宿がある。陸前高田市最南端というところでしょうか。観光サイトでは参考にならず、地図ソフトの標高が予約するきっかけになった宿である。

その日の宿泊先の民宿のcheck in の時間から話は延々と続いてcheck  out の時間まで胸のうちを強く吐露され、出発も少し遅れたというエピソードも。
   お会いする方が全て仰るのには、『政府の対応の遅れ』この一点に集中されます。被災地は待ったなしなのです。訴えたい気持ちが溢れます。

これからまだまだ現地は例年にない猛暑が続き、気持ちも体も疲弊してくることが予想されます(実際、今も)。現地入りして体感したことから、医療人として少しでも早く支援に繋がるaction を起こさなければと痛感した次第でした。
ジェットの窓からは普段と何も変わらない阪神高速空港線のオレンジ色のライトが、少し羨ましく思えたのも不思議な心境でした。

追補        陸前高田市へボランティア活動される方、『なじょにかすっぺステッカー』差し上げます。ポプリ薬局に直接お越しください。

次回は『度重なる奇跡』です。

●お詫び●『度重なる奇跡』は急遽、中止させていただきます。著者が直接、現地へ赴き、しばらく密着支援に入りました。悪しからずご了承くださいませ。
【震災後・・・医療人として何ができるかを考え、お伝えできればと思います。】
【ジェネリック医薬品を使うことで変わること、できること】
【ポプリ薬局からの季節を先取りしたお役立ち情報をお届けします】
【ポプリ薬局からの季節を先取りしたお役立ち情報をお届けします】